« 2008年3月 | トップページ | 2008年5月 »

んーなんか。

久しぶり書こうと思って筆を取りましたが、うーん何を書きましょうか。


今年に入ってから諸々メマグルシク世界が変わりました。

ただ、地球規模いや松山規模でみても俺自身の変化は
チリのようなものだと。

それをチリで終わらせないためには一人では無理。

今俺の近くにはたくさんの人たちがいます。
それぞれの想いがあってそれぞれの希望や夢。
そして何よりも大切な”野望”があります。

野望って響き良くない様に聞こえるかもしれませんが
辞書で調べたら

【野望】・・・分不相応な大きな望み。

って書いてありました。分不相応って表現がなんか
しっくり来ません。誰が一体その望みがその人にとっ
ての相応であると定義できるのでしょうか?
という仮説に基づけばすべての大きな望みは相応になる。
そしてその望みをたくさんの人と共有できれば、さらに
相応になる。相応通り越してゆるぎない現実になるのでは。

しかも野望のもうひとつの意味。

【野望2】・・・野原に出て景色を楽しむこと。

なんじゃそれ。
素敵。


大きな望みを楽しむ。
何もない野原で。
まだ見ぬ風景を信じて。


少年よ野望を抱け。

いま、近くにいる人たちがとてもイトオシク感じます。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

やっぱり。

草原で2人。空を見上げてる。

「やっぱり。」

ん?


「やっぱり。そうだよねぇ。」

何が?

「いやぁ、自分の気持ちに正直に生きるべきだと
感じる今日なんですよね。」

なるほど。
でもいろいろと衝突するんじゃない~?

まあ、でも、必要なんだろうね。
それ。

なんで。

うーん。なんか真っ白けになるためには。
衝突して真っ白になって、そっから色を
付け直してまた衝突してまた真っ白になって。

じゃあいっつも白紙ってこと?

ううん。多分違う。
白い色が濃くなるんじゃないかな。

濃い白?

スゴい白。
ダリが言ってたのかな~
白だけが本当の色だって。

ふーん。

濃い白見つけたいんだよね。
濃い白。
コイシロ。
そのためには恋しろ。

ダジャレですか。

まーね。
でもなんか恋愛とかじゃなくて。
とにかく直球。
それで打たれたら自分の実力ですよ。
変化球で打ち取るよりもある意味気持ち
いいんじゃないかなぁ。

ふーん。
そうですか。

うん。
その先に何があるのかは・・・
まぁ、自分の中で。

えーそこまで言っといて~

隠蔽。

隠蔽?

そう、人は隠蔽しているから
素敵なんですよぉ。

隠し事?

ううん。
どっちか言えば大切なテリトリー。

テリ?

まぁいいじゃないっすか。
あー昼間なのに月が出てる。

ん?
あーほんとだ。
普通にきれい。

ね。きれいねぇ。
なんか透けてる感じ。
あの月。

太陽に照らされてどんな気分なんだろう。

うん。
でも白いね。すごい白い。
あの白はなに白なんだろう。

セロリアン白ー。

しろーって。
名前じゃないんだから
伊藤シローみたい。

なんでカタカナ。
伊藤四郎でしょ。

でも、なんでカタカナってわかったの?

んーなんか。

でも、ちがうよぉ
正式には伊東四朗。

あっそうかー
そっちかー

「え?」
「え?」




あーなんか気持ちいいねぇ。
ここ。
この場所。




うん。




やっぱり。



ん?




遠くで電車の音がガッタゴト。

| | コメント (38) | トラックバック (0)

いろいろな波。

080415_095908

いろいろな波が押し寄せて来て。
大きな波になって。
それに乗るための船と乗り組み員が必要で。

そのために考えることがたくさんあって。

泥舟にならないように。
ノアになるように。

さてさて。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

海と日傘-日記7

長崎に行った。

電車が走り、百貨店の上には観覧車。
どこかで見たことのある風景。

でも違う。
何かが違う。
高速道路から都市高速に入ったころから感じた違和感。
曇りの天気がそうさせるのか緊張している自分。
息がつまりそうな状態になる。

松山で見慣れた風景から、一転目的地に向かうと恐ろしいほど
の坂道の応酬と難解な道。考えすぎだが、何か自分自身が拒ま
れているようにも感じた。

やっと到着した資料館。
ゆっくりと外観を見ながら玄関へと進む。
まだ緊張が解けない。
シルバー人材センターの人々が丁寧に手入れをしている
美しいエントランスを楽しむことが出来ない。
また息がつまりそうになる。

やっとた辿り着いた入り口。
そこで一人の女性と目が合った。
ボランティアガイドの女性、松田さん。
なんか無性にその人に近づきたくてお願いをする。
快諾。

入場。
いきなり時を刻む音に足が止まる。
練習当初のメトロノームのイメージと合致。
そこで投下の瞬間のカラー映像を見る。
足がすくむ。
美しいのだ。
そこに写ったきのこ雲は本当に醜悪で美しかった。
人間が作り出した人口の雲。
自然界にはない形。
繰り返されるキノコの連続に不気味に魅入られる。
ただ、その頃には不思議と緊張も解け息苦しくもなかった。
何か少し確信に満ちたものが流れ創めていた。

妙に落ち着いて振り返る。

そこに振り子時計。
11
時2分で息絶えたもの。
丁寧に展示されたその時計は見覚えがあった。
振り子の部分に振り子はなく、歯車が。
確かに見覚えのあるイメージ。
もう驚かなかったがまた確信。

さらに落ち着く。
深呼吸。

それからガイドの女性に促され説明を聞く。
いろいろな感情が入り混じって泣く。
しっかり泣いた。
しっかりと泣いてから前を見た。

松田さんは静かに待ってくれていた。

それから194589112分に何が起きたのかを知った。
はじめて知った。
おそらくは本当に一部の一部だが、知った。
今回の公演に「海と日傘」を選ばずにいたら知りえなかった
ことを知った。

松田さんは真実は語らず淡々と事実を伝えてくれた。
それは自分の中の真実を見極めろという宿題に聞こえた。

原爆という事実は問題ではない。
それが投下された真実を自身が知るべきだと。
反対?賛成?でもない。
過去の痛みから学習しなくてはならない。
それぞれが生きるためにすべきこと。感じる痛み。

自分にはそれがない。
自分にはそれがないことを知った。
でもそれがないことを知ったということは大きかった。
今後すべきことの軸が目標として現れてきた。

松田さんにお礼を言って別れる。
別れ際に松田さんから「私もあなたに会えて幸せでした。」と言われる。

その後紹介してもらった爆心地公園へ
道すがら出会う。
少女に再会。

Photo_4

やはり物語りの起源があった場所。
そこに自分と関係するものを見つけた。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

海と日傘-日記6

毎日作品と向き合う日々。

頭から離れない風景。
今までとは感覚が明らかに違う。

日常から作品世界に転換する区別が出来ない。
すべてが作品のために、すべてが日常のために

結局区別出来ない。
する必要がない?

とにかく長崎に行ってみる。
物語りの起源がそこに。
もしかするともっと別のものが。

何かがある。
つながっている。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2008年3月 | トップページ | 2008年5月 »